グッドルーザー(Good Loser)たれ

「経営やマネジメントで、理想のベンチマークになる人は、誰かいますか?」最初の講義が終わった後、ふと思い浮かんだ質問を口にすると、
「君ね、そうやって最初から正解を欲しがる思考は止めなさい。 自分の頭を使ってない証拠だよ」

先生なのに、教えてくれないのかよ。質問しただけで、ピシャリとやられたのを今でもはっきりと覚えています。その後、こう言葉を続けました。
「理想的な経営者、なんてこの日本にはいないよ。だから、このスクールを創設したんだよ。」そう言ってスタスタ歩き去る背中には、無言の覚悟が感じられた気がしました。

恩師・広瀬一郎氏の著作

昨日は、東京大学スポーツマネージメントスクール(東大SMS)で指導された恩師・広瀬一郎さんを偲ぶ会にオンラインで参加しました。2017年に逝去されてから3年、例年は東京で開催されていた会に初参加できたのは、皮肉にもコロナのおかげ。昨日も40人以上の方々が参加され、それぞれが個人に対する思い出や近況を語っていました。

ちなみに、僕が今、北海道にいるのは、この東大SMSに入学したからです。「日本のプロスポーツ業界に経営戦略を実践できる人材を送り込む」という目的のもと、「営業・マーケティング」から「経営戦略」「法務」「財務」「広報戦略」「CRM」「自治体との関係性構築」まで、まさにスポーツ版MBAと呼ぶべきコースを、びっちり叩きこまれました。

入学前から最初の講義も印象深かった。
入学の条件として、入学金の他に200ページ以上のスポーツにおける経営戦略の専門書を2冊読んで入学前にレポートを提出・審査される関門を突破する必要があり、ほぼ徹夜でレポートを書きあげました。後日メールで入学OKの許可が降り、ほっと席についたのも束の間、登壇した広瀬先生がおもむろに語りだしました。

「言っとくけど、ここはスポーツ好きがスポーツを語る場じゃないから。あくまでスポーツにおけるビジネスとは何ぞや?を学ぶ場です。だからスポーツは1割、ビジネス・経営が9割。まあ、実際はここに集まって受講する君達でも、活躍できるのはほんの一握りだと思ってはいるけどね」

何、この先生?初日から本音が全開過ぎない?

「言っとくけど、これが分からない奴は破門します。過去、実際に破門された人もいます。バカは破門。これは覚えておいてね。」

破門って……。頑張って試験パスして、入学金まで振り込んだのに初日から言うことが破門って……。

今まであったことのないタイプの人だったことは間違いありません。でも、言うだけのことはあった。電通でトヨタカップやワールドカップなどサッカーのビッグイベントを中心に数々のスポーツ興行をプロデュースしたスポーツマーケティングの第一人者。Jリーグを創設した川渕三郎さんや日本代表監督だった岡田武史さんとも腹を割って話ができる仲。何より、東大法学部卒が伊達じゃないキレッキレの講義は今でも通用するクオリティの高さでした。

初日の「バカは破門」発言もともなって、講義の雰囲気は常に真剣モードで耳を傾ける受講生たちの熱気にあふれていました。


講義の内容も、スポーツに限らず他のビジネスにもベースとなる「セオリー」や「原理原則」だったから、毎回2時間ほどの講義があっという間だった気がします。講師も外資系の経営コンサルファームで代表を務める人や、あのナベツネさんとプロ野球ストライキ問題で渡り合った弁護士の方が登場するなど、ケーススタディの内容も刺激的なものばかり。

そして、講義後は近くの居酒屋で「情報交換会」という名の交流会。プロ野球チームやJリーグのフロントで働く人、スポーツメーカーやメディア、商社、IT業界までさまざまな人と話すチャンスにも恵まれた。「あの会社って、実はこうなんだよ」「えー、ホントですか?」なぜか「懇親会なんて名の飲み会は無意味だ」と言っていた広瀬先生も生徒の輪に入ると気さくな一面を見せ、業界裏話をバンバン披露してくれました。

社会人になってから、こんなに勉強が楽しいものだとは知らなかった。同窓というだけで様々な業界の人とつながり、公私にわたる縁もできた。当時、勤務していた会社の仕事を18時に切り上げ、地下深くにある大江戸線の構内をダッシュして講義にギリギリ間に合う。そんな通学では、東大の赤門をくぐる感慨など抱きようもなかったが、行った甲斐はあった、と間違いなく言える時期でした。

何より、そこで語られていることが単なる理想論じゃない。プロ球団の経営メンバーも顔を出すほどなので、「どうやってファンの満足度を上げ、新たなファンを増やすか」「いかに地域とチームの信頼関係を作り、地元の街に応援してもらえる存在になるか」、講義でも交流会の席でも、そんな議論が泥臭いほど真剣に語られている。

これを学んだら、実践しないのはダメだろ。マーケティング、経営戦略、CRM、地域貢献。どれも実際にやらなきゃ、単なるキレイごとだ。空虚な絵空事やキレイなだけの理想論なんて、カッコ悪すぎる。ファンを喜ばせて、地域に応援されて、その結果、売上や収益が入る。実践して、ナンボだ。


「いいか、君たち。茹でガエルにはなるなよ」
講義で広瀬先生が語っていたひと言も思い出した自分は、未熟ながら悩んだ結果、北海道のバスケット球団のフロントスタッフとして転職することを決めました。友人も親戚もいない土地。振り返ると、単なる勢いでしかなかったけど。

「北海道のバスケット球団に転職します」あるセミナーで再会した広瀬先生に言うと「よりによって、一番リスクが高い所を選んだね!」と目を丸くされました。え、そうなの!?と戸惑う自分に「やるなら、泥水の中を這いつくばっても進む気持ちで行けよ」その一言だけでスッと去って行かれました。

普通そこ、ガンバレじゃないの……、と、面食らいましたが、それで背筋がピシッと伸びたのも事実で。思えば、この一言は良かったです。だって、北海道に渡ったら、本当に「泥水の中を這いつくばって進む」日々が待っていましたから。

その広瀬一郎先生が、スポーツビジネス・経営戦略以上に力を注がれていたのが、「スポーツマンシップ教育」でした。著作「スポーツマンシップを考える」には、「グッドルーザー」という言葉が記されています。

<ある人が真にスポーツマンであるかどうかは、勝負に負けたときの態度でわかる。負けた時に素直に負けを認め、それでいて頭を垂れず、相手を称え、意気消沈せずにすぐ次に備える人が真のスポーツマンだ>

この言葉は、後に日本のバスケット界も変革された川渕三郎さんにも影響を与えました。

「誰もが勝利をめざしているからこそ、「敗北」はなかなか受け入れがたいもの。勝利をめざすプロセスは、自分たちで設計・実践できますが、相手のある中での勝敗という結果は、自らコントロールできない領域にあります。スポーツに限った話ではなく、自分でコントロールできないことに対して感情的で居続けることは決してプラスにはなりません。

そうした感情になる原因はなにか。その結果をもたらした自分の取り組みに反省すべき点はなかったか。これらを今一度見つめ直し、どのように前進するのかを考え、自らを奮い立たせるほうが健全であり、その結果を受けていかに今後にいかすのかという意識こそが、自らを高めることにつながります。Good Loserであろうとするのは、他者からも評価されるべき美しさをもたらすという側面だけではなく、思い通りにならないことに対して、自律的な強い心で向き合うことで自らの成長に結びつけるという側面にも目を向けることが重要です。

失敗は成功の母、といわれるように、敗戦や失敗が自らを成長させるよき機会であることを知っているかどうかが大切です。そして、それを行動として実践することが、まさに「Good Loser」の姿勢だといえるでしょう。」

(引用元:日本スポーツマンシップ協会)https://www.facebook.com/100002108496130/posts/3220901747990077/?d=n

先にご紹介した「スポーツマンシップを考える」は、広瀬先生のパートナーであった中村聡宏さんがリバイバルされた「スポーツマンシップバイブル」として新たに刊行されました。kindle版もありますので、ぜひ手に取られてみてください。

グッドルーザー(Good Loser)たれ

若者や部下に、そう言える勇気のある大人(特に40代以上)はどれほどいるんだろうか?失敗できない、自分の良い面しか見せられないという、無意識の強迫観念が強すぎる世潮だからね。若者が委縮しがちなのも無理はありません。広瀬先生ご本人も、掲げた理想からすれば「自分は成功した人間だ」とは思われていないかもしれない。でも、昨晩の偲ぶ会で多かったのは「広瀬さんはたくさんの人材を育てた」「その人材が間違いなく今の日本のスポーツ界を支えている」というコメントでした。亡くなって時が過ぎでもそんな風に語られる人、今はなかなかいないと思います。

私はスポーツの世界は離れましたが、同感です。別に転職先の斡旋をしてくれたわけでもないし、優しくしてもらった、ともまた違う。でも、自分の人生に間違いなくインパクトある刺激とその後の生き方を支える言葉を残してくれました。その意味では、間違いなく恩師と呼べる人だと思います。

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